どうも、あきらです。
今回は、世界遺産~紀伊山地の霊場と参詣道~のご紹介です。
僕のブログのコンテンツの一つ、”和歌山観光”でよく出てくる「世界遺産~紀伊山地の霊場と参詣道~」!一度ざっくりと調べておこう、というのが今回の趣旨です。
この記事でわかること
- 世界遺産~紀伊山地の霊場と参詣道~について
概要がわかります!それでは行ってみましょう!
世界遺産~紀伊山地の霊場と参詣道~
2004年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」。その後、2016年にさらに追加され現在の規模となっています。
僕がイメージしていたのは、田辺市の「闘鶏神社」辺りから新宮市の「阿須賀神社」を含む熊野三山のことを世界遺産として認識していました。これだけでもかなりの広範囲です。おおよそ和歌山県の1/4から1/3くらいが範囲ですからね。
しかし、この「紀伊山地の霊場と参詣道」 の大きさは群を抜いていました。。。なんと、三重県・奈良県・和歌山県の3県からなる世界遺産だったのです!!
出身県の世界遺産知らずに周ってるとか(;^_^A
勉強していきます(;’∀’)
この世界遺産、次の要素から成り立ってまして、
- 霊場
- 参詣道
- 文化的景観
以上3要素が「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成しています。
霊場
紀伊山地は、神話の時代から神々の住む所として特別視されていました。
日本古来からある「神道」では、自然を神とあがめ、熊野三山のように山への信仰も深くありました。
また中国から伝来した「仏教(真言密教)」は紀伊山地を山岳修行の場としていました。
この神道と仏教が合体し「神仏習合」という思想と「末法思想」が広まると、紀伊山地を「浄土」として見立てたり、修験道の修行の舞台になっていきました。
結果、紀伊山地には3つの大きな霊場が出来ました。
- 吉野・大峰(奈良県)
- 熊野三山(和歌山県)
- 高野山(和歌山県)
このブログは和歌山メインなので、熊野三山と高野山について書いていきます。決して奈良を調べるのが面倒とかでは。。。(;^_^A
熊野三山
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社を合わせて熊野三山と呼ばれています。
霊場としての熊野は、上記の三社に那智山青岸渡寺、補陀落山寺の二寺で構成されています。
那智大滝をご神体とする熊野那智大社のように、自然信仰が盛んなのが熊野三山。三社がそれぞれ個別の自然崇拝に起源があるも、「熊野三所権現」として信仰を集めています。
この三社だけでなく、那智山青岸渡寺は西国巡礼一番札所として、補陀落山寺は補陀落渡海進行でそれぞれ有名です。
ご利益の塊のような霊場ですね(笑)
高野山
霊場としての高野山は、
- 金剛峯寺
- 慈尊院
- 丹生官省符神社
- 丹生都比売神社
で構成されています。
皆さんご存じの空海が816年に真言密教の修禅の道場として金剛峯寺を創建。およそ1200年にわたり信仰されてきた山上の宗教都市です。
因みに空海さんは、今も生きているとされており、奥院で修行されていて、一日2回お食事を運ぶ儀式が行われています!
参詣道
次の構成資産は「参詣道」。
この参詣道は、3つの山岳霊場へ向かうための道のことです。
- 大峯奥駈道
- 熊野参詣道
- 高野参詣道
の3つが登録されています。
因みにこの3つの参詣道、全て熊野三山に繋がっています。熊野の人気が凄い(笑)
またまた、和歌山メインとしていますので、「熊野参詣道」と「高野参詣道」について、サラッと触れていきます!
熊野参詣道
熊野三山に向かう4本の道を総じて熊野参詣道といいます。それぞれ、
- 中辺路
- 大辺路
- 小辺路
- 伊勢路
と呼ばれています。
熊野三山への参詣は、平安時代から室町時代まで盛んに行われました。特に中辺路は多くの参詣者が列をなして歩いたことから「蟻の熊野詣」と形容されていました。
中辺路
現在の田辺市から山中を通り、熊野三山を目指すルートです。
熊野神の御子神を祀る「王子」やその遺跡が点在します。かつては、熊野本宮大社と熊野速玉大社の間を熊野川の舟運を利用していたようです。
この中辺路、スタンプラリーが用意されているのですが、しっかりとした登山装備が無ければ行くのが難しいらしく、僕は頓挫しています(;^_^A
ちゃんと準備すれば五日で制覇できるみたいなので、試してみてはいかがでしょうか(^^)
大辺路
こちらは田辺市から海岸沿いに熊野三山を目指すルートです。
海岸美が楽しめ、江戸時代からは観光を兼ねた人々が利用していました。
こちらもスタンプラリーが用意されていて、押印場まで車で近寄れるので比較的簡単に制覇することができました。道に迷うことは多々ありましたが(;^_^A
観光を兼ねた人が利用したというだけあり、かなり海が綺麗です!海好きな人は言って見て欲しいですね!
小辺路
高野山から熊野三山を目指すルートで、熊野参詣道の中で最も険しいルートです。標高1000Mを超える峠を三つも越えなければならない、鬼のようなルートです。
そもそも高野山がかなり山を登らないといけない場所で、その山奥から山中を通り、熊野を目指す。。。昔の人々のスピリットが怖いです(;^ω^)もう高野山だけでええやん、てならんのや、、、
伊勢路
主に東国からの人々が利用した道です。伊勢神宮と熊野三山を結ぶ参詣道で、利用者が増加したのは江戸時代から!
この頃、伊勢神宮と西国巡礼が盛んになったのがきっかけです。
やはり、ご利益を集めたかったのか霊験あらたかな場所を繋ぎますね(;^_^A
高野参詣道
高野山への参詣道で、別名「高野七口」。高野山の東西南北さまざまな方向から高野山を目指せます。
七口はそれぞれ、
- 町石道
- 京大坂道
- 黒河道
- 大峰道
- 有田・龍神道
- 相ノ浦道
- 小辺路
の以上7つとなります。この道は直接、高野山境内を目指せるのですが、もう一つ高野山境内を目指せない高野参詣道があります。
これは高野参詣道の中で一番興味を惹かれたので少し紹介させてもらいます。
女人道
「女人」、とくるといかがわしい感じがしますが(笑)、この場合は悲しい過去があります。
かつて、高野山境内は女人禁制だったのです!つまり、女性の方の入山禁止!そして、女性が高野山境内に一番近づくことができたのが、高野七口の各入口に建てられた女人堂まで。
少しでも、高野山の霊場にあやかりたい女性の方々は、七口それぞれにある女人堂を巡りました。その巡った道が、女人道!
こんなこと、現在では想像できませんよね(;^_^A 良い時代になりました(笑)
文化的景観
最後の構成資産となる「文化的景観」。この文化的景観とは、
「自然と人間の営みが長い時間をかけて形成した風景」
のことで、山々や森、棚田やブドウ畑、庭園や公園が世界遺産に登録されています。
また、人の手が入らない自然物(山・樹木・岩・滝など)も自然的要素の強い宗教と関連することで「文化的景観」となります。
世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』は、単に社寺と道ではなく、『山岳信仰の霊場と山岳修行の道』であり、紀伊山地の自然が非常に重要である、とされています。
実際、全て見たわけではないですが、高野山や熊野方面の自然は豊かですし、非常に癒されます。また、社寺は自然の中にあるので、厳かな雰囲気もあり、何か力を感じたりもします。
霊感は一切ないですけどね(笑)自然の力みたいなのでしょうか?まだ来たことが無い人は是非、実際に感じて見て欲しいと思います。
まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』をざっくり説明ということで、大分おおざっぱな感じになりました(;^_^A
ただ、説明を見るより実際確かめてほしい!というのが素直な所で、一度は来てみて欲しいです!和歌山(・奈良・三重)の誇る世界遺産として!本当に自然好きな人なら感動します!寺社やパワースッポト好きな人にもおススメです!何か感じます!
少しでも興味を持ってくれると嬉しいです!
それでは(@^^)/~~~
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